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石原泰紀写真展「湖水の瞬」
日時 2005/11/02(水)〜2005/11/06(日)10:00〜18:00 最終日は17:00まで
 
  石原泰紀さんは写真家の池本喜巳氏に15年間師事している、 アマチュア写真家です。
湖山池を撮りつづけて10年。
納得するまで撮りつづけた「湖水の瞬」またたき。
多くの皆様にご高覧賜りたいと思います。

石原泰紀写真展「湖水の瞬」に寄せて

この度、ギャラリーそらにて長年私の写真教室に通われていた石原泰紀さんが 写真展をされることになりました。
彼が鳥商の一年後輩であることは、NHKの写真教室に参加され、しばらくたってご本人から明かされました。後輩であることに甘えて、私は教室のいろいろなお世話を石原さんにお願いしました。あれから十五年もたっているということに改めて驚いています。その間、石原さんはまじめにこつこつと教室にも参加され、私の開催する様々な行事にも進んで協力してくれました。長年鳥取で写真活動をしていて、生意気な言い方を許していただけるなら、弟子と言えるのはほんのひとにぎりの人しかいませんし、その中で石原さんはとても大切な一人だと思っていますので、彼が撮り続けているものに対し、常に気になっていました。また、どのようなアドバイスをしたらいいのかということにもずいぶん神経をつかいました。そんなある日、私が特殊な望遠レンズを手に入れて、教室でその効果を発表したことがあります。その時石原さんの感覚に何か響くものがあったのでしょう。そのレンズとの出会いから石原さんの急激な進歩があったように記憶します。
すぐれた写真家にはキーレンズといわれるものがあります。どんなスランプの時でも、このレンズを持って出れば写真が撮れる、その人が写真に苦悩した時、あるいは迷った時そのレンズさえ付けて出れば何とか写真をものにできる、というような特別なレンズです。私はローライフレックスに付いているプラナーの80ミリF2.8がそのレンズになります。石原さんはその反射望遠レンズを手に入れた時に何かを頓悟したのだと思います。そのレンズとの二人三脚で、休日には車を走らせひたすら海を撮っていた時期があります。その当時は教室から「逆光の石原」と言われて、光る海に浮かぶ影絵のような作品に皆歓声をあげたものです。それらはプロの私から見ても鳥取の一般のアマチュアの水準をはるかにしのぐレベルで、「石原さん、個展をされたら」と勧めましたけれども、「まだまだだめです。」と生真面目な彼は固辞するばかりでした。
その内に海から湖山池にレンズが向けられました。そして地道に湖山池の四季を撮っておられたということは、時折持ってこられる写真で分かりました。始めの内は多少踏み込みが浅く、物足りなくもあったのですが、その内に彼の熱意が湖山長者を動かしたのか、光彩が生きてきました。なぜこんなに湖山池にこだわるのか、多少の疑問はあったのですが、ある時蓮の枯れた茎のシルエットが湖面に不思議な造形を作り出している写真によって、ああ石原泰紀独自の湖山池の視線が見えたなあと言う気がしました。
その後おそらく5年以上撮り続けられたんでしょう。やっと本人も納得され、個展を開くと言う時になって、私は「何故石原さん、あれだけ湖山池にこだわったの?」と聞くと、「実は先生が『湖山池は写真にならない』と言われたので、よし、それなら僕がなんとか湖山池をものにしてやろうというふうに燃えた」と言われた時には、「ああ、これは石原さんらしいなあ」と思いました。真面目な彼の中には、表面ではとても感じることの出来ない強いものがあります。
10年撮り続けていく、ということは口では簡単に言えそうですが、なかなかできることではありません。シャッターさえ押せば簡単に写る時代、そして後は全部写真屋さんまかせでいいのでしょうか。やはりカメラの前にある出来事もさることながら、カメラの後ろにある撮影者の思い、心というものが、より大切な時代になっていると考えられます。長年同じ視線で、一つの目標を持って自由に撮り続けて、さらに何度も反芻しながら、作品を作り上げていく。そうやって納得した上で個展というかたちで、その作品を発表する。アマチュアの理想といえるのではないでしょうか。別の意味で、これは写真をやる人間の最低の条件だろうと僕はそう思います。この頃は一億総芸術家時代と言われるようになって、カルチャースクールはおおはやり、カメラを買った人がすぐにでも個展をする、グループ展で作品を発表するという
> ことはある意味でいいことかもしれません。しかし、安易になんでもかんでも人の前に写真を見せるということが果たしていいのだろうか、という疑問はいつも持っています。少なくとも第三者の人に自分の作品を見て頂くということは、撮る側の人間にもある程度襟を正して自問自答し、試行錯誤を繰り返して、「これで発表していいのか」、と石原さんのように何度も考えて、そして発表できるという自分に自信ができるのに10年かかっているということです。一つのものを撮り続けて、発表までの時間の長さが写真家を育てているのかもしれません。僕は写真をする人々が、少なくとも > 石原さんのように自己に対して厳しく写真というものを捉えてくれたら、もっと写真というものの評価は高まるのではないかと思います。
彼の作品を見ていると四季折々、あの湖山池にこれだけの変化があるのかと驚かされる思いです。石原さんいわく、「10年の内に湖山池も汚れてきました。そして、それは撮っているものにしか分からないデリケートな変化なのかも分かりません。」と嘆いていました。
外国に行ったりしなければ写真が撮れない、そういうことではなくて、アマチュア写真家だからこそ、自分の住んでいる地域に目をむけて、その中から自分の作品を発表できるということが、本当の力だろうと思います。「個展をされたらどうですか」と言い続けた私は、自分のある意味念願がやっと叶ったんだ、というふうに喜んでいます。どうか皆さん、一つのアマチュアの写真家の理想的な形として、展示方法にも苦心された今回の石原泰紀写真展「湖水の瞬」を、是非見てやっていただけたらと思います。

日本写真家協会会員 池本喜巳